「このこと」とは何を指す言葉か?意味の基本を解説
「このこと」は、指示詞の「この」と形式名詞の「こと」が組み合わさってできた言葉で、日常会話からニュース原稿、ビジネス文書まで幅広い場面で使われています。
直前に述べた内容や状況をひとまとめにして受け止め、それに対する意見や次の行動へと自然につなげるときに使う指示表現です。
話し言葉でも書き言葉でも違和感なく使え、硬すぎず砕けすぎない、ちょうどいい改まり具合の表現です。
たとえば「彼女は入社以来ずっと成果を出し続けている。このことは誰もが認めている」のように使うと、彼女の実績という事実全体を「このこと」の一語で受けられます。
ニュースなどで「工場から有害物質が検出された。このことについて会社は謝罪した」と使われる場合は、発覚した出来事そのものを指しています。
このように「このこと」が指す中身は、実績のような事実のこともあれば、事件や決定事項のような出来事のこともあり、時には場の空気や状況そのものを指すこともあります。
話し手が今まさに話題にしている内容であれば、良い話題でも悪い話題でも、大きな出来事でも些細な出来事でも、性質を問わず何でも受け止められる懐の深さが特徴です。
単独の「こと」は何を指しているのか定まらない抽象的な言葉ですが、「この」がつくことで指示性が加わり、話し手と聞き手のあいだで対象がはっきり共有されます。
この一語があるおかげで、話し手はいちいち内容を繰り返さずに、スムーズに文章を先へ進めることができます。
「このこと」の読み方と表記 ― ひらがな・漢字「この事」
「このこと」の読み方は、いつでも「このこと」の一通りだけで、特別な読み方や省略した言い方はありません。
音読みも存在しないため、初めて目にした人でも読み間違えようのない、やさしい言葉だと言えます。
表記は平仮名の「このこと」が基本で、漢字を使いたい場合は「この事」と書きますが、実際の文章では平仮名表記の方が圧倒的によく使われます。
「このことをご確認ください」と「この事をご確認ください」は同じ内容を伝えますが、平仮名の方が柔らかく親しみやすい印象になり、漢字の方はやや硬く事務的な印象になります。
日常のメールや案内文では平仮名表記が主流で、漢字の「この事」を見かける場面はそう多くありません。
漢字の「事」は「事件」「事故」のように具体的な出来事を強調したいときに選ばれやすく、抽象的な事柄をやんわり指す形式名詞としての用法では、平仮名の「このこと」の方が自然に馴染みます。
たとえば契約書で「この事に関し、甲乙は誠意をもって協議する」のように書かれることがありますが、日常の文章なら「このことについて、お互いによく話し合います」と平仮名で書くのが普通です。
そのため小説やブログ、日常のメールから行政文書やビジネス文書まで、実質的な意味を持たない形式名詞は平仮名で書くという公用文の原則にならって「このこと」と表記されることが大半です。
迷ったときはひとまず平仮名を選んでおくと、読みやすさの点でも失敗がありません。
「このこと」の成り立ち・由来 ― 「この」と「こと」の組み合わせ
「このこと」は、連体詞「この」と形式名詞「こと」という、もともと別々だった二つの言葉が組み合わさってできています。
二つが結びつくことで、単独では成立しにくかった「こと」に、はっきりとした指示性が生まれました。
「この」は、話し手に近いものを指す「こ」の系列に属する連体詞で、聞き手に近い「その」、双方から離れた「あの」と対をなし、名詞の前についてどれを指すのかを示します。
たとえば手元の資料を指すなら「この資料」、相手の手元にあるものを指すなら「その資料」、両者から離れた場所にあるものを指すなら「あの資料」を使います。
「こと」はそれ自体に具体的な意味を持たず、前に置かれた内容を抽象的な事柄としてまとめる形式名詞で、「食べること」「行くこと」のように動詞を名詞化する働きも持っています。
同じ形式名詞の仲間には「もの」「はず」「わけ」などがありますが、「こと」はその中でも特に幅広い内容を受けられる万能型の言葉です。
形式名詞の「こと」は単独では使いにくく、「この」のような連体修飾語を前に置いて初めて対象がはっきりします。
同じ仕組みで「そのこと」「この点」なども作られており、指示語と形式名詞を組み合わせる作り方は日本語によく見られるパターンです。
古い日本語では「こと(言)」と「こと(事)」が同じ語から分かれたと言われており、語られる言葉と実際に起きた出来事とが、もともと近い関係にあったことがうかがえます。
「この」と「こと」が組み合わさり、長く使われるうちに一つの指示表現として定着したと考えられています。
「このこと」が指し示す範囲 ― どこまでの内容を受けるのか
「このこと」が指す範囲は一つに決まっておらず、前後の文脈によって伸び縮みする、幅の広い表現です。
短い相槌の中にも、長い経緯の全体を込めることができます。
「彼は深く頭を下げて謝罪した。このことに彼女は満足した」なら直前の一文だけを受けていますが、「彼はこの一年、遅刻もミスもなく、周囲への気配りも欠かさなかった。このことが今回の昇進につながった」なら、一年間の行い全体を「このこと」が受けています。
「このこと」の範囲は書き手と読み手の暗黙の了解に支えられており、読み手の解釈に委ねられる部分が大きい表現です。
そのため同じ文章を読んでも、背景知識の差によって受け取り方が微妙に変わることがあります。
会話の流れや、その場にいる人たちが共有している前提知識をもとに、範囲が自然に絞り込まれることも珍しくありません。
たとえば同じ部署の同僚同士なら「このこと、どうする?」の一言で通じても、事情を知らない他部署の人には何のことか伝わりません。
ただし「彼は遅刻し、資料も忘れ、上司にも報告しなかった。このことが問題になった」のように内容が複数並ぶ文章では、「このこと」がどれを指すのか読み手に伝わりにくくなります。
誤解を避けたいときは、「この一連の対応ということ」のように指す内容を具体的に補うと親切です。
「このこと」の使い方 ― 文中での位置と助詞との組み合わせ
「このこと」は、後ろに続く助詞しだいでさまざまな役割を果たす、応用範囲の広い表現です。
同じ「このこと」でも、組み合わせる助詞を変えるだけで文中の働きがまったく変わります。
「このことは絶対に忘れません」のように「このことは」なら主語になり、「このことをよく考えてほしい」のように「このことを」なら目的語になって、文の骨格をつくります。
「このことは」で始めると客観的な事実を述べる響きになり、自分の意見だと強調したいときは「私は、このことを重要だと考えます」のように使うと伝わりやすくなります。
「このことから判断すると」の「このことから」は理由や根拠を示し、「このことについてお話しします」の「このことについて」は話題そのものを示す働きを持ちます。
似た働きを持つ「このため」と比べると、「このことから」の方が前の内容を理由としてより直接的に示す言い方です。
ほかにも「このことで悩んでいる」の「このことで」は原因を、「このことに感謝しています」の「このことに」は感情の向かう対象を示すというように、助詞ごとに細かく役割が分かれます。
「このことをきっかけに」「このことを機に」のように、動詞や名詞と結びついた慣用的な言い回しも数多く存在します。
文頭に置いて「このことから、次のように考えられます」と使うと、前の内容を受けてから新しい話へつなげる橋渡しの役割を果たします。
一方、文末近くで「それがこのことです」のように使うと、すでに述べた内容を軽く念押しするような、落ち着いた印象になります。
「このこと」と「それ」「これ」の違い ― 指示語としての使い分け
「これ」は、目の前にある物や、今まさに話題にしているもの自体を直接指し示す言葉です。
「これをください」「これが問題です」のように、指させる対象がはっきり存在するときに使います。
一方「このこと」は、物ではなく事柄や状況といった、目に見えない抽象的な内容を指す点が「これ」との大きな違いです。
「これ」が単なる指し示しであるのに対し、「このこと」にはそこに至る経緯や背景ごと引き受けるようなニュアンスが伴います。
「これを見てください」とは言えても、「彼が突然転職を決めた。これについて話そう」と言うとやや据わりが悪く、「このことについて話そう」とした方が自然に落ち着いて聞こえ、資料そのものを指す「これでいきましょう」を「このことでいきましょう」と言い換えることもできません。
「それ」との違いは、話し手からの心理的な距離にあります。
「この」は話し手自身が今まさに向き合っている内容に使い、「それ」は「それは大変でしたね」のように相手が話した内容を受け止めるときによく使われ、両者は指す対象の近さも話者の立場も微妙に異なります。
「このことについて話したい」を「それについて話したい」に置き換えると、自分ごととして向き合う近さが薄れ、どこか他人事のような、突き放したような響きになってしまいます。
ただし相手の発言をいったん受け止めてから自分の考えを述べたいときは、あえて「それ」を使って一歩引いた言い方をすることもあります。
「このこと」と「この事」「この件」の使い分け
「このこと」とよく似た言葉に、「この事」や「この件」という表現があります。
どちらも指している内容そのものはほぼ同じでも、文章から受け取る硬さや丁寧さの印象は、使う場面によって微妙に変わってきます。
「この事」は「このこと」をそのまま漢字に置き換えただけの表記で、指している内容や意味の違いはほとんどありません。
ただしひらがなを漢字にする分だけ、あらたまった硬めの書き言葉という印象が強くなり、少し距離を感じさせる響きになります。
一方「この件」は、ビジネス文書や実務の連絡で好んで使われる、事務的で定型的な言い換え表現です。
メールの件名や報告書、議事録などで、「◯◯の件について」という形でよく使われる言い方でもあります。
反対に論文や意見文のようなあらたまった書き言葉では、漢字の「この事」よりも「このこと」がそのまま使われる場面が目立ちます。
友人とのくだけた会話であえて「この件」を使うと、まるで仕事の連絡のようによそよそしく響いてしまうこともあります。
つまり選び方の基準は、文章のあらたまり度合いと相手との距離感にあると言えます。
メールや実務連絡なら「この件」、論文や硬めの文章なら「この事」、普段の会話や柔らかい文章なら「このこと」を選ぶと、違和感なく相手に伝わります。
「このこと」を話し言葉で使うときの注意点
「このこと」は書き言葉だけでなく、日常の会話の中でも自然に使うことができる表現です。
ただし話し言葉として使うときには、書き言葉とは少し違った注意点がいくつか出てきます。
口頭で話しているときは、直前の話題を指す場合であっても、「そのこと」に置き換わりやすい傾向があります。
「このこと」は自分の中にある話題、「そのこと」は相手が持ち出した話題、という感覚で自然に使い分けられていることが多いです。
会話では前後の文脈がどんどん流れていくため、「このこと」が具体的に何を指しているのか、聞き手にとって曖昧になりやすい点に注意が必要です。
特に複数の話題が入り混じった雑談の中では、指している内容を短く言い添えるだけで、誤解をぐっと防げます。
省略しすぎて「このこと」とだけ口にしてしまうと、聞き手はどの話題のことなのか一瞬迷ってしまうことがあります。
直前の話題の名前を軽くひとこと添えるだけで、伝わり方は大きく変わってきます。
丁寧な場面では「〜についてご相談したいのですが」のように落ち着いた言い方になり、カジュアルな場面では砕けた軽い言い方に変わるなど、話し方ひとつで印象がはっきり変わる言葉でもあります。
「このこと」を使った例文集 ― シーン別に見る自然な使い方
- 【例文1】このことにつきまして、改めて詳しい資料をお送りいたします
- 【例文2】このこと、実はずっと前から気になっていたんだよね
- 【例文3】このことからも、早めの対応が欠かせないとわかります
- 【例文4】このことは次回の会議でも共有しておきたいと思います
- 【例文5】このことを踏まえて、来月以降の計画を見直しましょう
- 【例文6】このこと、私と母以外にはまだ話していません
ビジネスメールや報告書では、「このことにつきまして」のように丁寧な形にすると、落ち着いた印象を与えられます。
件名や書き出しに使うと、要点がすぐに伝わる文章になります。
日常会話では「このこと、」と話を切り出すように使うと、相手の注意を引きながら本題に入っていくことができます。
語尾を少し濁して間を取ると、次の言葉が自然に出てきます。
論説文や意見文では「このことから」「このことを踏まえて」のように、前で述べた内容を根拠にして次の主張へつなげる役割を果たします。
書き手の考えを筋道立てて示したいときに、とても便利な言い回しです。
「このこと」の言い換え表現・類語
「このこと」の言い換えとしては、「この点」「この事実」「この状況」などの表現が挙げられます。
どれも似たような場面で使われますが、指し示す範囲やニュアンスにはそれぞれ違いがあります。
「この点」は、話題全体の中の一つの要素だけを取り上げるときに使う言葉で、「このこと」よりも指し示す範囲がぐっと狭くなります。
議論や比較の中で、話題の一部分を強調したいときに便利な表現です。
「この事実」は客観的にすでに確定している内容を指す言葉なので、単なる感想や意見にはあまり使いにくい表現です。
データや過去の出来事など、動かしようのない内容を指すときに向いています。
「この状況」は出来事そのものというより、その出来事から生まれた今の状態を指す言葉で、「このこと」とは意味合いが微妙にずれます。
目の前の環境や情勢について語りたいときに使うと、しっくりきます。
フォーマルな文章ほど「この点」「この事実」のように具体的な言葉を選ぶと的確になり、柔らかい文章では「このこと」をそのまま使う方が自然に響きます。
言い換える際は、範囲やフォーマル度のずれに注意しましょう。
「このこと」のまとめ ― 意味・使い方のポイント整理
- 「このこと」は身近な内容や直前の話題をやわらかく指し示す指示語で、読み方は「このこと」です。
- 成り立ちは「この」と「こと」という二つの言葉の組み合わせです。
- 文中では「は」「を」「について」「から」など、さまざまな助詞と結びついて使われます。
- 「この事」「この件」「そのこと」などの類語とは、硬さや使う場面に応じて使い分けます。
ここまで、「このこと」の意味や読み方、由来から、使い方の注意点、例文、言い換え表現まで見てきました。
改めて振り返ると、身近でありながらも奥の深い指示語だとわかります。
「このこと」は、身近な話題をやわらかく指し示せる、使い勝手のよい指示語です。
読み方や成り立ちそのものはシンプルでも、助詞や場面によって表情を変える柔軟さを持っています。
「この事」「この件」、あるいは「そのこと」とうまく使い分ければ、文章や会話は今よりもぐっと自然で伝わりやすいものになります。
ぜひ日々の言葉選びの中で、意識してみてください。