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「愚衆」とは?意味や例文や読み方や由来について解説!

「愚衆」の読み方と基本情報

「愚衆」は「ぐしゅう」と読む、音読みだけでできている二字熟語です。

「愚」も「衆」もそれぞれ音読みで発音するため、訓読みが混ざることはありません。

「愚衆」の読み方は「ぐしゅう」の一つだけで、これ以外の読み方が振られることはない熟語です。

辞書に載っている見出し語としても、この読み方一本で掲載されており、読み間違いを心配する必要はありません。

品詞としては名詞にあたり、「愚衆に迎合する」「愚衆と化す」のように、文中では主語や目的語として使われることが多いです。

たとえば「この国の政治は愚衆によって動かされている」という一文であれば、「愚衆」がそのまま主語の働きをしています。

漢字の意味を見てみると、「愚」は「おろか・思慮が浅い」ことを表す字で、「衆」は「多くの人々の集まり・大勢」を表す字にあたり、この二字が組み合わさることで「思慮の浅い人々の集団」という意味合いが生まれています。

たとえば「衆」は「衆議院」や「観衆」などの言葉にも使われており、多くの人が集まっている状態を表す字だと分かります。

見た目や意味の近い言葉として、語順を入れ替えた「衆愚」がありますが、この二語は指すものも使われ方も異なるため、混同しないよう注意しておきたいところです。

次の章では、この「愚衆」が具体的にどのような意味を持ち、どのような場面で使われる言葉なのかを詳しく見ていきます。

「愚衆」の意味とは

「愚衆」とは、知性や判断力に欠けるとされる大衆・群衆を指す言葉で、単に人数の多さを言うのではなく「考えが浅い」という評価とセットになっている点がポイントです。

単なる「大衆」と違い、「愚衆」には「物事を深く考えず、感情や雰囲気に流されやすい人々」という軽蔑的な評価が含まれています。

つまり「大衆」が中立的・客観的な呼び方であるのに対し、「愚衆」は最初から相手を見下す評価的な立場を含んでいる言葉だと言えます。

指し示す対象は幅広く、世間の空気に同調しがちな世論や、熱狂しやすい群集心理、さらには深く考えずに投じられる投票行動なども「愚衆」という言葉で語られることがあります。

たとえば選挙の結果を見て「有権者はまた愚衆的な判断をした」と評するようなケースが典型例です。

誰かを「愚衆」と呼ぶときは、多くの場合、呼ぶ側が自分を「賢い側」に置いて相手を見下す構図になっている点も特徴です。

たとえば政治家や評論家が有権者の判断を批判するときに、この構図がよく見られます。

一方で、自分自身や自分が属する集団を指して「私たちも愚衆の一人だ」と自嘲的に使う場合もあり、使う人の立場によって皮肉や自戒など意味の幅が生まれます。

「愚衆」という言葉には、他者評価と自己反省という、正反対の二つの使われ方が共存しているのです。

似た意味を持つ「衆愚」については、両者の違いを次のセクションで詳しく比較しながら説明します。

「愚衆」の語源・由来

「愚衆」がいつどこで最初に使われたかを特定できる記録は見当たりませんが、「愚」と「衆」を組み合わせる熟語の作り方自体は、古くから漢籍・中国古典の中に見られる構成だと言われています。

そのため、この言葉の正確な初出を一つの文献に絞ることは難しいとされています。

「愚衆」と特に関係が深いとされているのが、政治学の用語である「衆愚政治」で、これは「思慮の浅い民衆の意向によって場当たり的に動かされる政治」を指す言葉です。

この言葉が生まれた背景には、多数派の勢いに任せる政治のあり方を戒めたいという意図があったと考えられています。

この「衆愚政治」という考え方は、古代ギリシャで語られていた民主政への懐疑論と思想的につながりが深いとされています。

この時代の民主政は、扇動的な人物の演説によって多数の意見が簡単に動かされてしまう政治体制だと考えられていました。

プラトンをはじめとする古代ギリシャの哲学者たちは、衆人の判断に頼る民主政が扇動によって誤った方向へ流されやすいと批判したと言われており、この批判は今も政治哲学の中で語り継がれています。

同様の批判は、当時の弁論家による人気取りの演説を念頭に置いていたとも言われています。

こうした古代からの民主政批判の思想が下地となり、近代以降の日本語の評論や政治批評の中で「愚衆」という言葉が使われるようになっていったと考えられています。

現在では政治学だけでなく、メディア論や社会心理学などの分野でも同じ発想が引用されることがあります。

「愚衆」と「衆愚」の違い

「愚衆」と「衆愚」は使われている漢字がまったく同じであるにもかかわらず、語順が入れ替わるだけで意味も使われ方も変わってくる、少し注意が必要な組み合わせです。

この違いを知らずに使うと、書き手が意図した意味とは違うニュアンスで読まれてしまうこともあります。

「愚衆」は「思慮の浅い人々の集団」そのものを指す名詞で、あくまでも「人の集まり」を主役にした言葉だという点が最大の特徴です。

たとえば「愚衆が政治を動かす」という文では、「愚衆」という人々そのものが動作の主体になっています。

一方の「衆愚」は、人々の集団そのものというより「大勢の人が持つ愚かさ・判断力の低さ」という性質を指すニュアンスが強く、多くの場合は単独ではなく「衆愚政治」という複合語の形で使われます。

つまり「衆愚」は人そのものではなく、集団が示す性質・状態に重心を置いた言葉だと理解しておくとよいでしょう。

実際の使われ方を見ても、単独の名詞として使われるのは「愚衆」の方が多い傾向があり、「衆愚」が「衆愚政治」以外の形で単独で使われる場面はかなり限られているといえます。

そのため文章の中では、状況に応じてどちらの言葉がふさわしいかを考えて選ぶ必要があります。

そのため「集団としての人々を評したいときは愚衆」「政治の仕組みそのものの危うさを評したいときは衆愚政治」と使い分けると、意味の違いが分かりやすくなります。

細かな違いですが、知っておくと文章の意味を正確に読み取りやすくなります。

「愚衆」の使い方

「愚衆」は日常会話ではほとんど使われず、政治や社会に関する評論、メディア批評、時事コラムといった文章の中で使われることが多い言葉です。

ニュース番組のコメンテーターが原稿ではなく即興で話す場合には、かたい響きがあるためあまり登場しない言葉でもあります。

「愚衆はメディアの流す情報に簡単に踊らされる」のように、世論や大衆の判断力そのものを見下す視点から使われるのが、典型的な使い方のパターンです。

口語で「あいつは愚衆だ」と言うと、かなり強い響きになるため避けられがちです。

話し言葉で使うと相手に角が立ちやすいため、論説記事やコラム、専門家による分析記事など、書き言葉としての使用が中心になっているのも特徴です。

SNSの短い投稿よりも、根拠や背景を説明できる長めの文章と組み合わせて使われる傾向があります。

対象は他者に限らず、「私たちもまた愚衆にすぎないのかもしれない」のように、自分や自分の属する社会全体を振り返って自嘲的に使うケースも見られます。

「私たち愚衆は、目先の利益にすぐ流されてしまう」といった書き方も、この自嘲的な使い方の一例です。

このように「愚衆」は、他者の判断力を批判する場面と、自分を含めた社会全体を戒める場面の両方で使われる、意味の幅を持った言葉なのです。

どちらの場面で使うにしても、強い評価語であることを踏まえて選びたい表現です。

「愚衆」を使う際の注意点

「愚衆」は相手や第三者を「知性のない集団」だと決めつける、非常に強い侮蔑のニュアンスを持つ言葉なので、使う場面には人一倍気をつかう必要があります。

特に、面識のない相手や不特定多数に対して使うのは避けたほうがよいでしょう。

使う場面を間違えると、単なる意見の表明ではなく相手への侮辱として受け取られてしまうため、誰に向けて使うのかを事前によく考える必要があります。

たとえば議論の相手をひとまとめに「愚衆」と呼んでしまうと、対話そのものが成立しなくなる恐れがあります。

特にSNSのように誰の目にも触れる場所で不特定多数に対して使うと、上から目線の発言と見なされ、思わぬ形で炎上のきっかけになりかねません。

書いた本人にそのつもりがなくても、読み手には強い攻撃性として伝わってしまうこともあります。

学術論文や評論記事のように、批評的な視点を持つことが前提として共有されている文脈では使いやすい一方、日常会話や身近な相手との会話では強すぎる印象を与えがちです。

同じ「批判的な視点」であっても、置かれている場によって受け取られ方が大きく変わってきます。

また「誰を指して愚衆と言っているのか」が曖昧なまま使うと、読み手や聞き手がそれぞれ違う相手を思い浮かべてしまい、誤解や不要な反発を招く恐れもあります。

書く前に「これは誰への評価なのか」を自分の中で明確にしておくと安心です。

「愚衆」を使った例文

  • 【例文1】愚衆に迎合するだけのポピュリズム政治には、強い危機感を覚えます
  • 【例文2】あの炎上の様子を見ていたら、まるで愚衆が扇動されているようでした
  • 【例文3】正直に言うと、噂話にすぐ流される私も愚衆の一人かもしれません
  • 【例文4】古代の思想家たちは、愚衆による政治の危うさをたびたび指摘しています
  • 【例文5】冷静さを欠いた愚衆にならないよう、日頃から情報の裏取りを心がけています

例文1と例文4は、政治や社会の仕組みを語る、やや硬い場面での使い方です。

「愚衆」は特定の個人ではなく、まとまりのない群衆の振る舞いを指すときに使う言葉です。

例文3や例文5のように、自分も含めて使うと上から目線の印象が和らぎます。

「愚衆」の類義語・言い換え表現

「愚衆」に近い言葉として、まず思い浮かぶのが「衆愚」です。

「衆愚」は衆愚政治のように熟語で使われる一方、「愚衆」は群衆そのものを指す名詞として使われる傾向があります。

「愚民」も似た意味ですが、支配する側が見下すニュアンスが強く、より高圧的な響きを持つ言葉です。

「烏合の衆」は知性の低さではなく、統率や規律の欠如を表す点で「愚衆」とは焦点が異なります。

相手を傷つけたくない場面では、「大衆」や「群衆」といった中立的な言葉に言い換えるのがおすすめです。

「愚衆」の対義語にあたる言葉

「愚衆」の対義語としてまず挙げられるのが「賢者」や「識者」です。

どちらも深い知識や優れた判断力を持つ人を指し、群衆としての「愚衆」とは対照的な立場にあります。

「愚衆」が集団を指すのに対し、対義語の多くは個人の知性を評価する言葉である点に注意が必要です。

「エリート」や「知識人」も、専門的な知識や教養を持つ少数者として「愚衆」と対比的に語られます。

政治学の分野では、愚かな大衆による「衆愚政治」に対して、優れた人物が統治する「賢人政治」という枠組みで語られることもあります。

「愚衆」と関連する表現・言葉

「愚衆」と関連が深い言葉に、政治学用語の「衆愚政治(しゅうぐせいじ)」があります。

これは、感情や目先の利益に流された大衆によって、政治が誤った方向に進んでしまう状態を指す言葉です。

「衆愚政治」は、大衆の不満や感情に訴えかける「ポピュリズム」と結びつけて語られることが多い言葉です。

大衆迎合主義とも呼ばれ、政治家が人気取りのために愚衆の感情に迎合する構図を批判する際によく使われます。

英語では、理性を欠いた群衆を指す「mob」や「rabble」といった言葉が、「愚衆」に近いニュアンスで使われています。

「愚衆」のまとめ

まとめ
  • 「愚衆」の読み方は「ぐしゅう」です。
  • 感情や雰囲気に流されやすい、愚かな群衆を指す言葉です。
  • 強い批判のニュアンスがあるため、使う相手や場面には配慮が必要です。
  • 「衆愚」「烏合の衆」「衆愚政治」など、類義語・関連語と合わせて理解すると使いこなしやすくなります。

ここまで、「愚衆」の意味や使い方、類義語や対義語について見てきました。

「愚衆」は便利な言葉である一方、使う場面を誤ると強い反発を招きかねない言葉でもあります。

自分自身を含めて使ったり、中立的な言葉に言い換えたりする工夫も覚えておくと安心です。