「新奇をてらう」とは?意味や例文や読み方や由来について解説!

「新奇をてらう」の読み方

「新奇をてらう」は「しんきをてらう」と読みます。

見慣れない漢字が続くため、ニュースや評論、書評などでこの言葉に出会い、読み方を調べて初めて知ったという方も少なくありません。

この言葉の読み方は「しんきをてらう」のひと通りだけで、辞書的に認められた別の読み方はありません。

音が似た言葉につられて誤った読み方のまま覚えてしまうと、人前で文章を読み上げる際に恥をかく原因にもなりかねません。

「奇」の読みは「奇妙(きみょう)」「奇跡(きせき)」「奇抜(きばつ)」「奇数(きすう)」などと同じ音読みの「き」です。

「新」も「新規」「新鮮」と同じ「しん」ですので、一字ずつ見ればそれぞれの音は特別珍しいものではありません。

「衒う」は「てらう」と読み、自分の持っているものや才能を人に見せつける、自慢げに示すという意味を持つ動詞です。

謙遜とは正反対の、自分を実際以上に大きく見せようとするニュアンスが込められた言葉だと覚えておくと理解しやすくなります。

ただし「衒」の字は常用漢字表に含まれていない表外字で、公用文や教科書では使用が避けられる傾向があります。

そのため新聞記事や一般向けの文章、辞書サイトなどでは「新奇をてらう」のように動詞部分だけひらがなで表記されたり、ふりがなが添えられたりすることもよくあり、読み方に自信がない場合はふりがな付きの表記を確認すると安心です。

「新奇をてらう」は「新規」「照らす」と混同しやすい

「新奇をてらう」は、見た目や音が似た別の言葉と混同されやすい表現であり、文章作成や校正の際にも注意が必要です。

特に紛らわしいのが「新規」と「照らす」の二つです。

「新奇(しんき)」は「新規(しんき)」とまったく同じ音のため、パソコンやスマートフォンで文章を入力する際に、誤って「新規をてらう」と変換してしまうミスが起こりやすい代表例です。

声に出して読んでも区別がつかないため、耳で聞いただけでは気づきにくい間違いでもあります。

「新規」は「新規登録」「新規作成」「新規オープン」のように、何かをあらたに始めるときに使うごく日常的な言葉です。

一方の「新奇をてらう」は目新しさをわざと見せつける態度を表す言葉で、両者の意味には重なりがまったくありません。

もう一つ混同しやすいのが、「てらう」と「照らす(てらす)」です。

語頭の「てら」という音が共通しているため、漢字表記を知らずに耳だけで覚えていると、意味の違う言葉として取り違えてしまうことがあります。

「照らす」は光を当てる、あるいは何かと比べ合わせて確認するという意味を持つ動詞で、「衒う」とは語源も意味もまったくの別物です。

文章を書くときやメールを送る前には、変換後の表示をよく確認し、「照らす」や「新規」になっていないかをチェックする習慣をつけると安心です。

「新奇をてらう」の意味とは

「新奇をてらう」とは、目新しさや奇抜さをわざと見せつけて、周囲の注目を集めようとすることを意味する言葉です。

単に「新しいことに挑戦する」のではなく、そこに「見せつける」「目立とうとする」という振る舞いが加わっている点が、この言葉の大きなポイントです。

中身や実質を伴わない、表面的な新しさをことさらに強調する態度を指すため、褒め言葉としてよりも批判的な文脈で使われることが圧倒的に多い言葉です。

たとえば内容が薄いのに見た目だけが奇抜な企画や作品などは、まさにこの言葉がよく当てはまる典型例だと言えます。

「衒う」はもともと「見せつける」「自慢げに示す」という意味を持つ言葉です。

この「衒う」が持つニュアンスがそのまま「新奇をてらう」にも受け継がれており、単なる「新しさ」や「斬新さ」を表す言葉とは一線を画しています。

そのため「新奇をてらう」は、本当に価値のある新しさというより、「新しく見せること」自体が目的化しているような印象を与える言葉になります。

中身がまだ伴っていないにもかかわらず、奇抜さだけが先行してしまっている状態、と言い換えることもできるでしょう。

「奇抜なアイデアを出すこと」自体が悪いわけではなく、あくまで「目立つためだけの奇抜さ」である点にこそ、この言葉の批判的なニュアンスが向けられます。

つまり評価が分かれるのは新しさの中身そのものではなく、その新しさをどう扱い、どう見せているかという姿勢の部分なのです。

「新奇をてらう」の成り立ち・由来

「新奇」は、「新しい」を意味する「新」と、「普通とは違っている」を意味する「奇」という、二つの字を組み合わせてできた熟語です。

それぞれの字が持つ意味を足し合わせることで、「今までになかった、風変わりなもの」という意味が生まれています。

「衒う」という字には、もともと自分の持ち物や才能を自慢げに見せびらかす、という意味合いが通じているとされています。

はっきりとした一つの語源が定まっているわけではなく、成り立ちについては諸説あるとされています。

知識をひけらかすことを表す「衒学(げんがく)」という言葉にも、同じ「衒」の字が使われています。

「衒学的な文章」といえば、難しい言葉や知識を必要以上にひけらかすような文章を指し、どこか似た批判的なニュアンスを持っています。

このように「衒」の字には、「新奇をてらう」だけでなく「衒学」のような言葉にも共通して、「過剰に見せつける」というイメージが込められています。

つまり実力や中身以上に、外側の見栄えを飾り立てようとする態度が、この字そのものに織り込まれているのです。

こうした成り立ちを踏まえると、「新奇をてらう」は単なる「新しさ」を表す言葉ではなく、「見せつけるような新しさ」を表す言葉になったと考えられています。

由来を知っておくと、この言葉がなぜ否定的な意味合いで使われやすいのかも、自然と理解しやすくなります。

「新奇をてらう」と「奇をてらう」は同じ?使い分けはあるか

国語辞典で基本の見出し語として載っているのは「奇を衒う」で、「新奇をてらう」よりも古くから使われてきた慣用句だと言われています。

「新奇をてらう」は、この基本の形から派生して生まれた、もう一つの言い方だと考えられています。

「新奇をてらう」は、「奇を衒う」の対象を「奇」から「新奇」へと絞り込んだ言い方だと考えられています。

「奇」が単に「普通と違っている」ことを指すのに対し、「新奇」はそこに「新しさ」という要素を重ねた、一歩踏み込んだ言葉です。

そのため二つの表現の意味に大きな違いはなく、どちらも「目立つために奇抜さをわざと見せつける」ことを表しています。

文章の中で一方をもう一方に置き換えて使っても、意味が通じなくなったり、不自然になったりすることはまずありません。

ただし「新奇をてらう」のほうは、新しさ・目新しさを前面に押し出して話題にしたいときに選ばれやすい表現です。

「風変わりだ」という評価だけでなく「目新しさばかりが先行している」と伝えたい場合には、こちらのほうがより的確に響きます。

一方で、新しさよりも単に風変わりであること自体を問題にしたい場合は、「奇を衒う」のほうがふさわしい場面もあります。

どちらを選ぶかによって、新しさに焦点を当てているのか、風変わりさそのものに焦点を当てているのかという、微妙なニュアンスの違いが生まれます。

「新奇をてらう」の使い方 ― どんな場面・対象に使われるか

「新奇をてらう」は、芸術・デザイン・企画・論文・政策提案など、「新しさ」そのものが評価の対象になりやすい分野で特によく使われる表現です。

新しいかどうか、斬新かどうかが重要な判断基準になる場面だからこそ、この言葉が登場する機会も多くなります。

この言葉のほとんどは、褒め言葉としてではなく、批判や否定的な評価を伝えるために使われる点に注意が必要です。

「新しい」という評価そのものが、必ずしも良い意味だけで使われるわけではないという、少し意地悪な側面を持つ言葉でもあります。

実際の文章では、「新奇をてらっただけの作品」「新奇をてらうに過ぎない提案」のように、「~だけ」「~に過ぎない」といった限定的な言い回しとセットで使われることがよくあります。

中身の乏しさや、実質を伴わない表面的な工夫を指摘したいときに、こうした言い回しが選ばれやすい傾向があります。

活用の形としては、「新奇をてらった表現」「新奇をてらう手法」のような連体形や、「新奇をてらうことなく」という否定形で使われる場面も非常に多く見られます。

中でも「新奇をてらうことなく」は、奇をてらわず堅実に作り上げられたものを前向きに評価する際の、いわば定番の言い回しです。

このように「新奇をてらう」という言葉は、単独で名詞のように使われるというよりも、「~をてらった」「~をてらうことなく」といった形に活用されて、評論や講評の文章に組み込まれることが多い言葉だと言えます。

使われ方のパターンを知っておくと、実際の文章の中でも見つけやすくなります。

「新奇をてらう」と評される人・作品の特徴

「新奇をてらう」と評される人や作品には、共通した特徴がいくつかあります。

派手さの裏側で何が欠けてしまっているのかを見ていきましょう。

まず挙げられるのが、目立つことや人を驚かせることそのものが目的になってしまい、内容の深さや実用性が二の次になっている点です。

発表された瞬間はSNSなどで大きな話題になることもあります。

見た目の珍しさや意外性ばかりが先に立ち、中身が伴わないまま終わってしまうのが「新奇をてらう」と評される作品の典型的なパターンです。

発表から数年も経てば誰の記憶にも残っていない、という結果になりやすいのも大きな特徴です。

長く愛される作品が土台をじっくり積み上げているのに対し、「新奇をてらう」と評される作品は基本や王道を軽視し、とにかく他と違うことを示したいという気持ちが先に出てしまっている場合が多く見られます。

音楽や文学の世界でも、目新しい技巧や構成を前面に出すことばかりに力を注ぎ、聴き手や読み手に届く本質的な部分がおろそかになっている作品が「新奇をてらう」と評されがちです。

建築やデザインで言えば、見た目の奇抜さだけを追って機能性や住みやすさが伴わない例が、まさにこれに当たります。

「新奇をてらう」ことと「本当の独創性・革新性」の違い

「新奇をてらう」ことと「本当の独創性・革新性」は、どちらも新しさを伴いますが中身は大きく異なります。

見分けるポイントを押さえておくと、作品や企画を評価するときの軸がぶれなくなります。

本当の独創性は、解決すべき課題や必要性といった実質的な裏付けがあるうえで生まれる新しさだという点が最大の違いです。

たとえば新しい技術やサービスがそれまで解決できなかった不便さを取り除いてくれるなら、そこには本物の独創性があると言えます。

一方「新奇をてらう」場合は、課題を解決するためではなく、新しさそのものを見せることが目的になってしまっています。

誰も解決を求めていない部分に、無理やり目新しい手法を持ち込んでしまうことも少なくありません。

もう一つの分かれ目は、基礎や伝統をどれだけ理解しているかという点にあります。

基礎を飛び越えて目新しさだけを追ってしまうと、土台のない新しさになりがちです。

基本をしっかり踏まえたうえでの新しさなのか、それとも基本を知らない、あるいは軽視したうえでの目新しさなのかで、評価は大きく変わってきます。

「新奇をてらう」の類語・言い換え表現

「新奇をてらう」の類語としてまず挙げられるのが、基本形である「奇をてらう」です。

日常の会話や文章でも、ほぼ同じ場面でそのまま置き換えて使うことができます。

ほかにも「奇抜を狙う」「目新しさだけを追う」「ウケを狙う」といった表現が、近いニュアンスで使われます。

ただし「ウケを狙う」はエンタメ性を重視する場面に偏りやすく、芸術性そのものへの批判までは含まないことがあります。

知識や学問を見せつける方向に派生した言葉としては「衒学的(げんがくてき)」も挙げられます。

必要以上に難しい言葉や理論を持ち出して、知性をひけらかすような人や文章を指すときに使われる言葉です。

「衒学的」は「新奇をてらう」と同じ「衒う」という字を使い、中身よりも見せ方を優先する点で意味がつながっています。

言い換え表現を選ぶときは、単なる「新しい」という意味に薄まってしまわないよう、批判的な響きを保てる言葉を選ぶことが大切です。

「革新的」のような前向きな言葉に言い換えると、本来の皮肉や批判のニュアンスが消えてしまうので注意しましょう。

「新奇をてらう」を使った例文

  • 【例文1】彼の作品は新奇をてらうばかりで、心に残るものがなかった
  • 【例文2】この企画書は新奇をてらうアイデアばかりで、実現可能性が検討されていない
  • 【例文3】新奇をてらうことなく、素材そのものの味を生かした料理が評判を呼んでいる
  • 【例文4】新奇をてらったデザインは最初こそ目を引くが、すぐに飽きられてしまう
  • 【例文5】あの監督は新奇をてらう演出で知られ、賛否が分かれている

芸術やデザインの分野では、見た目の目新しさだけが先行した作品を指して「新奇をてらう」が使われることが多いです。

奇抜な色使いや形ばかりが注目され、作品としての深みが語られないときに使われる表現です。

ビジネスの企画書などでは、実現性や根拠に欠けたアイデアを戒める言葉として「新奇をてらう」が使われます。

具体的な裏付けやデータがないまま目新しさだけを打ち出す提案は、会議で厳しく指摘されがちです。

「新奇をてらうことなく」という否定形は、堅実さや誠実さを評価する場面でよく使われる言い回しです。

見た目や話題性に頼らず、本質を大事にする姿勢を褒めるときにぴったりの表現です。

「新奇をてらう」のまとめ

まとめ
  • 読みは「しんきをてらう」。
  • 意味は、目新しさや奇抜さを見せつけて人の注目を引こうとすること。
  • 基本形は「奇をてらう」で、新奇をてらうはそのニュアンスを強めた言い方。
  • 内容の伴わない表面的な新しさを戒める、批判的な文脈で使われる言葉。

「新奇をてらう」は「しんきをてらう」と読み、目新しさや奇抜さを見せつけて人の注目を引こうとすることを意味する言葉です。

この記事では読み方から使い方まで、要点を順番に振り返ります。

基本形である「奇をてらう」に「新」を加えて、新しさを強調したのが「新奇をてらう」だと考えると、意味が整理しやすくなります。

見た目の新しさを急いで求める前に、基礎や実質が伴っているかどうかを一度立ち止まって考えたい言葉です。

いずれも内容の伴わない表面的な新しさをたしなめる、どちらかといえば批判的な場面で使われる言葉だということを覚えておきましょう。

褒め言葉ではなく戒めの言葉として使うものだと意識しておくと、使い方を誤らずに済みます。