「シニフィアン」とは?意味や例文や読み方や由来について解説!

「シニフィアン」の意味とは

「シニフィアン」とは、言語学や記号論の分野で使われる専門用語で、日本語では「記号表現」と訳されます。

「シニフィアン」が指しているのは、言葉の意味そのものではなく、音や文字といった感覚でとらえられる形の部分です。

声に出したときの響きや、紙に書かれた文字の形そのものが、ここでの「シニフィアン」にあたります。

たとえば「いぬ」という単語であれば、「い・ぬ」という音の響きや「犬」という文字の見た目が「シニフィアン」にあたり、「四足で歩き、人になつく動物」という意味内容そのものは含まれません。

私たちは普段、言葉の音や形とその意味をひとまとめに感じていますが、記号論の世界ではこの二つをはっきり分けて考えることで、言葉の仕組みをより細かく分析できるようになります。

こうした視点を持つと、同じ音でも意味が異なる言葉や、同じ意味でも音が異なる外国語の存在にも、自然と目が向くようになります。

「シニフィアン」は単独では意味を持たず、対になる「シニフィエ」という概念とセットで初めて一つの記号として成立します。

この二つの関係を知ることが、「シニフィアン」を理解するうえでの出発点になります。

感覚でとらえられる形というのは音声言語の音だけに限らず、手話であれば手や表情の動き、点字であれば指先で触れる凹凸の並びも、同じように「シニフィアン」としてとらえることができます。

こうした「形」の面に注目する視点は、絵文字やピクトグラムのように、図形そのもので意味を伝える現代的な記号を考えるときにも応用でき、「シニフィアン」という概念の射程の広さをうかがわせます。

「シニフィアン」の読み方

「シニフィアン」は「しにふぃあん」と読みます。

この読み方は、原語であるフランス語「signifiant」の発音に由来するカタカナ表記であり、辞典でもこの読みが採用されています。

フランス語の「signifiant」は鼻にかかった母音を含む音を持つ単語で、その響きを日本語の音に近づけて表した結果、「しにふぃあん」という読み方が定着したと言われています。

カタカナで書かれた専門用語は読み方に自信が持てないことが多く、「シニフィアン」もその一つと言えるでしょう。

似た表記として「シニフィアント」という形を見かけることもありますが、辞典に掲載されている基本の表記は「シニフィアン」であり、読みは「しにふぃあん」です。

学術的な文章を読んだり書いたりするときは、「シニフィアン」という表記と「しにふぃあん」という読みをセットで覚えておくと安心です。

見慣れない言葉だからこそ、最初に正しい読みを身につけておくと理解がスムーズになります。

また対になる「シニフィエ」と語尾の響きが似ているため、混同して読んでしまう人も少なくありませんが、「シニフィアン」は「ア」で終わる音、対になる言葉は「エ」で終わる音という違いを意識すると区別しやすくなります。

「シニフィアン」の語源・由来

「シニフィアン」はフランス語の動詞「signifier(意味する)」の現在分詞形「signifiant」がもとになった言葉です。

フランス語の文法では、動詞の現在分詞は「〜している」という能動的な意味を持ち、「signifiant」は直訳すると「意味している(もの)」というニュアンスになります。

この言葉を言語学や記号論の専門用語として体系的に用いたのが、スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールだと言われています。

ソシュールは言語を記号の集まりとしてとらえ、記号を「意味するもの」と「意味されるもの」の二つの側面に分けて説明し、前者を「シニフィアン」、後者を「シニフィエ」と呼びました。

こうした経緯から、「シニフィアン」は翻訳のしづらい概念をそのまま日本語に取り入れた学術用語の代表例としても知られています。

日本語の「シニフィアン」は、こうしたソシュールの記号論が20世紀に日本へ紹介される中で、無理に意訳せず発音をそのまま生かした学術翻訳語として定着したと言われています。

ソシュールの考え方は、彼の死後に弟子たちが講義の記録をまとめた『一般言語学講義』という書物を通じて世界に広まり、その中で「signifiant」と対になる「signifié」という概念が体系的に説明されています。

「シニフィアン」と「シニフィエ」の関係

「シニフィアン」と「シニフィエ」は、一つの記号を支える表と裏のような関係にある対の概念です。

「シニフィアン」が記号の形(音や文字)を表すのに対して、「シニフィエ」はその記号が示す意味や概念を表します。

ソシュールは、この両者の結びつきには必然的な理由がなく、あくまで社会的な約束事によって決まっていると主張し、これを「言葉の結びつきの恣意性」と呼びました。

たとえば日本語では「いぬ」という音に「犬」という意味が結びついていますが、英語では同じ動物に「dog」という全く違う音が結びついており、結びつきが必然でないことがよく分かります。

もし「犬」という生き物と「いぬ」という音の間に自然な必然性があるなら、世界中のどの言語でも似た音になるはずですが、実際には言語ごとに音はまったく異なっています。

つまり「シニフィアン」と「シニフィエ」は切り離せない一組の関係である一方で、その結びつき方自体は言語や文化によって異なる、決して絶対的なものではないのです。

ソシュールはこの結びつきを一枚の紙の表と裏にたとえており、どちらか一方だけを切り離して取り出すことはできないと説明しました。

紙を裏返せば必ず表も一緒に裏返るように、音や形であるシニフィアンと意味であるシニフィエも、常に一体となって現れると考えられています。

「シニフィアン」の使い方

「シニフィアン」は、言語学や記号論、哲学といった学術的な文脈で使われることが中心の言葉です。

日常会話で使う機会はほとんどなく、大学の授業や専門書、論文といった場面で主に登場する専門用語だと考えておくとよいでしょう。

文中では「〜のシニフィアン」や「〜というシニフィアン」といった形で、具体的な言葉や概念と結びつけて使われることが多くあります。

たとえば「『自由』という語のシニフィアン」「『赤』というシニフィアンが示す色の幅」のように、何の記号表現について論じているのかを明確にする働きをします。

カジュアルな会話でいきなり使うと相手に伝わりにくいため、相手が記号論や言語学に馴染みがあるかどうかを見極めてから使うのが無難で、SNSなどで使う際も補足説明を添えると親切です。

専門用語であるからこそ、読み手が「シニフィエ」との対比を意識できるように、文脈の中で両者を並べて説明すると伝わりやすくなります。

論文やレポートで用いる場合は、「シニフィアンである『〜』」「〜というシニフィアンを通して」のように、対象となる言葉を主語や目的語としてはっきり示しながら文章に組み込むと、読み手にも意図が伝わりやすくなります。

「シニフィアン」を使った例文

  • 【例文1】『バラ』という単語のシニフィアンは「b・a・r・a」という音の並びであり、シニフィエはその花そのものを指す概念である
  • 【例文2】ソシュールは、シニフィアンとシニフィエの結びつきが恣意的であることを強調した
  • 【例文3】ラカンの理論では、シニフィアンの連鎖が人間の無意識を形づくると論じられている
  • 【例文4】構造主義の思想家たちは、シニフィアンの体系そのものが意味を生み出す仕組みに注目した
  • 【例文5】企業のロゴマークは、ブランドの世界観を伝えるシニフィアンとして機能していると言えるかもしれない
  • 【例文6】流行語は、その時代の空気感を映し出すシニフィアンだと言えるかもしれない

最初の例文のように、言語学の解説文では「シニフィアン」を具体的な単語の音や文字と結びつけて説明するのが基本の使い方です。

哲学や思想分野の文章では、ソシュールの考え方を発展させたラカンや構造主義の議論の中で「シニフィアン」が使われることが多く、やや抽象度の高い文脈で登場します。

最後の例文のように、ロゴや流行語といった日常の事象を「シニフィアン」という視点から比喩的に説明する使い方もあり、専門用語を身近な例で理解する助けになります。

二番目の例文に出てくる「恣意性」という言葉も、「シニフィアン」とあわせて覚えておくと、ソシュールの記号論を扱った文章がより読みやすくなります。

「シニフィアン」の具体例でわかる仕組み

「シニフィアン」の仕組みは、身近な言葉の例で考えるととてもわかりやすくなります。

日本語で「はな」という音を聞くと、多くの人は花びらを持つ美しい植物の姿を思い浮かべます。

この「はな」という音の響きそのものが、シニフィアンにあたります。

同じ植物を指していても、英語なら「flower」、フランス語なら「fleur」と、使われる音の形はまったく異なります。

指している対象であるシニフィエは同じ植物なのに、それを表す音であるシニフィアンは言語によってばらばらです。

もし音と意味に必然的なつながりがあるなら、世界中の言語が似た響きになるはずですが、実際はそうなっていません。

この事実からソシュールは、音と意味の結びつきに本質的な必然性はないと考え、これを「恣意性」と呼びました。

動物の鳴き声を表すオノマトペも分かりやすい例で、日本語では犬の鳴き声を「わんわん」と表しますが、英語では「bow-wow」、フランス語では「ouaf ouaf」のように表され、同じ鳴き声でも言語ごとに異なる音のかたちで切り取られていることが分かります。

「シニフィアン」が思想・哲学に与えた影響

「シニフィアン」という概念は、言語学という一つの学問の枠を飛び出し、20世紀の思想全体に大きな影響を与えました。

精神分析家のジャック・ラカンは、人間の無意識そのものがシニフィアンの連なりによって組み立てられていると論じました。

ラカンは「無意識は言語のように構造化されている」と述べ、シニフィアンの概念を精神分析の中心に据えました。

哲学者のジャック・デリダは、シニフィアンとシニフィエの結びつきが思っているほど安定していない点に注目し、「脱構築」と呼ばれる手法を展開しました。

こうした議論の広がりによって、「シニフィアン」はソシュールの構造主義言語学を超え、人文科学全体を貫く重要なキーワードになったと言われています。

ラカンはさらに、一つのシニフィアンが単独で意味を確定することはなく、次々と別のシニフィアンへとすべっていく性質があると指摘し、これを「シニフィアンの連鎖」と呼びました。

人が何かを語ろうとしても、言葉は別の言葉を呼び込みながら意味をずらしていくため、意味の確定は常に先へ先へと持ち越されると考えられています。

フランスの思想家ロラン・バルトは、この考え方を文学作品だけでなく広告や写真、ファッションといった日常の文化現象の分析にも応用し、私たちの身の回りにあるさまざまな表現がシニフィアンとシニフィエの組み合わせとして読み解けることを示しました。

「シニフィアン」と関連する言葉

「シニフィアン」を正確に理解するには、関連する言葉との違いを整理しておくと役立ちます。

まず「記号」(フランス語でシーニュ)はシニフィアンとシニフィエが結びついた全体を指し、シニフィアンはその片方の要素にすぎません。

つまりシニフィアンは記号そのものではなく、記号を成り立たせている「音や形の側」の部分なのです。

ソシュールが区別した「ラング(言語体系)」と「パロール(個々の発話)」は、シニフィアン・シニフィエとは別の軸にある対概念です。

また「シンボル(象徴)」は対象との間に類似性や理由があるとされる点で、恣意性を特徴とするシニフィアンとは対照的だと言われています。

「ラング」は社会の中で共有されている言語の体系そのものを指し、「パロール」は個人がその場で実際に発する具体的な発話を指しますが、これはシニフィアンとシニフィエという記号内部の区別とは異なる、言語の使われ方に関わる区別である点を混同しないようにしたいところです。

またアメリカの哲学者チャールズ・パースが整理した「アイコン」「インデックス」「シンボル」という記号の分類も、ソシュールのシニフィアン・シニフィエの枠組みとは別の角度から記号を論じたもので、両者を比べながら学ぶと記号論全体への理解が深まります。

「シニフィアン」を使う際の注意点

「シニフィアン」という言葉を使うときには、いくつか気をつけたい点があります。

最も多い誤解は、「シニフィアン」を意味そのものだと思い込んでしまうことです。

シニフィアンが指すのはあくまで音や文字といった「記号の形」の側であり、意味の内容であるシニフィエとは区別される概念です。

また「単語」や「言葉」とほぼ同義で使ってしまうのも避けたいところで、シニフィアンは単語に限らず意味を伝える形式面全般を指す、より広く厳密な用語です。

さらにラカンやデリダなど論者によってシニフィアンの強調点は異なるため、どの立場の定義かを意識して使うことが大切です。

レポートや論文で「シニフィアン」という言葉を使う場合は、どの研究者の著作や訳語を参照しているのかを明示し、できるだけソシュールやラカンといった原典に近い定義を確認したうえで用いると、議論の精度が高まります。

また日本語の文章の中でカタカナのまま使うと硬い印象を与えることもあるため、初めて使う場面では「記号表現(シニフィアン)」のように日本語訳を添えておくと、読み手に親切な文章になります。

「シニフィアン」のまとめ

まとめ
  • シニフィアンは記号を形作る「音や文字などの形」の側を指す言葉です。
  • シニフィエ(意味される内容)とペアになって初めて記号として機能します。
  • 音と意味の結びつきには必然性がなく、言語によって異なります。
  • ラカンやデリダなど現代思想にも大きな影響を与えた概念です。

ここまで見てきたように、「シニフィアン」は言語学の専門用語でありながら、記号論や現代思想全体を支える基礎概念でもあります。

シニフィアンは常にシニフィエとの対比の中で理解することが、意味を正しくつかむための近道になります。

ラカンやデリダたちがこの概念を思考や無意識の理論へと発展させた歴史を知ると、「シニフィアン」という言葉の奥深さが一段とよくわかるはずです。

SNSやインターネット広告など、言葉や画像が大量に飛び交う現代社会において、シニフィアンとシニフィエの関係を意識する記号論的なものの見方は、身の回りの情報をより深く読み解くための手がかりを与えてくれます。