「再講」の読み方
「再講」は「さいこう」と読みます。
二文字とも音読みで構成されており、訓読みを一切含まない、読みの面ではすっきりとした言葉です。
「再」は音読みで「サイ」と読み、「再開」「再会」「再発」など、ふたたび何かが起こる場面を表す言葉で広く使われている字です。
「講」も音読みで「コウ」と読み、講義・講演・講師・講座など、人前で言葉を用いて教えを説く場面を表す言葉全般に共通して使われています。
「再」は単独で使うときには「ふたたび」という訓読みになりますが、他の漢字と結びつく「再講」のような熟語になると、サイという音読みで読むのが基本になります。
この読み分けのルールをあらかじめ知っておくと、初めて目にする似たような熟語に出会ったときにも、落ち着いて読み方を推測しやすくなります。
パソコンやスマートフォンで「さいこう」と入力して変換すると、より使用頻度の高い、同じ読みを持つ別の言葉のほうが先に候補として表示されやすい点には注意が必要です。
目的の「再講」がすぐに出てこないときは、慌てずに変換候補をひとつずつ丁寧に確認しながら選び直すとよいでしょう。
このように、「再講」は二つの音読みが組み合わさってできた、構成自体はシンプルな言葉であり、読み方そのものは一度覚えてしまえば迷うことはありません。
ただし、同じ読みを持つ言葉がいくつも存在するため、意味まで取り違えないよう注意しておく必要があります。
「再講」と「最高」「再考」との違い
「さいこう」と読む言葉はいくつもあり、同じ音でも意味がまったく異なるため、文章の中での意味を取り違えやすい点に注意が必要です。
特に目にする頻度が高いのは、評価を表す「最高」と、考え直すことを表す「再考」の二つだといえます。
「最高」は程度や評価がこの上なく高いことを表す言葉で、講義を再び行うという意味を持つ「再講」とは意味がまったく異なる同音異義語です。
「最高の出来」や「気分は最高」のように何かを評価する場面で使われる頻度が高く、変換候補としても最も優先されやすい言葉になっています。
「再考」は「再」の字を共有しており、一度出した結論や決定を、もう一度あらためて考え直すという意味を持つ言葉です。
会議で出た案に対して「再考をお願いします」と言うように、判断や計画そのものを見直す場面で使われます。
講義をもう一度行う「再講」と、考えをめぐらせ直す「再考」は意味の領域が近いため、見直しの話をしているのか、講義の実施そのものの話をしているのかを混同しやすい関係にあります。
「講義の内容を再考する」のように計画段階の話と組み合わさると、文脈だけではどちらの言葉を使うべきか迷う場面も出てきます。
ほかにも、衰えていたものを盛り返す「再興」や、印刷物の二度目の校正を指す「再校」など、同じ読みを持つ言葉がいくつか存在します。
これらは教育や講義が行われる場面とは分野そのものが離れているため、「再講」と見間違えることは比較的少ないといえるでしょう。
「再講」の意味
「再講」とは、一度行った講義や講演、説教などを、同じ内容のままもう一度行うことを指す言葉です。
すでに一度は語られた内容を、同じ講師や語り手自身が、改めて聞き手の前で話し直す行為を表しています。
一言一句まで完全に同じ内容を話すとは限らず、理解しやすいように多少の言い回しや構成を変えることもありますが、基本的には以前と同じテーマをもう一度扱う点が大きな特徴です。
前回たまたま聞けなかった人や、内容をもう一度しっかり理解を深めたいという人のために行われることが多いといえます。
ここで大切なのは、「再講」という行為の主体が、あくまで講師・教授・僧侶・講演者といった「話す側」にあるという点です。
誰かに教えを受ける側の行為ではなく、教える側・語る側が自ら繰り返し行う行為そのものを指している言葉なのです。
話を聞く側が、学んだ内容をもう一度自分の力で勉強し直す行為は「復習」と呼ばれ、話す側が行う「再講」とは、そもそもの視点がまったく異なります。
授業の後に教科書やノートを自分で読み直すのは復習であり、講師自身が同じ授業の内容をもう一度丁寧に行うこととはまったく別の行為です。
このように、扱っている内容そのものは同じでも、話し手が主語になるか、聞き手が主語になるかによって、使うべき言葉はきちんと変わってきます。
「再講」はあくまで、話す側が繰り返し行う行為のほうに注目した言葉だと覚えておきましょう。
「再講」の成り立ち・由来
「再講」は、「ふたたび」を意味する「再」と、「言葉を組み立てて説き明かす」を意味する「講」という、二つの漢字が組み合わさってできている言葉です。
それぞれの漢字が元来持っている意味を知ると、「再講」全体の意味もより深く理解できるようになります。
「講」はもともと、言葉を組み立てて筋道を立てながら説明することを表す漢字だったとされています。
人の前で道理にかなうように順序立てて話をする行為そのものを指していたと言われています。
そこから意味が広がり、学問を教え授ける「講義」、大勢の前で話をする「講演」、争いをやめて和解をする「講和」など、言葉を用いて物事に取り組むさまざまな場面を表す言葉に使われるようになりました。
いずれの言葉にも、「言葉を筋道立てて伝える」という「講」の持つ核となる意味が、形を変えながらも共通して残っています。
「再」と組み合わさることで、一度説いた内容をもう一度説き明かすという、「再講」ならではの意味が生まれたと考えられています。
講義や説教の内容を記録し、必要に応じて後から改めて語り直す文化があったことも、この言葉が根付いた一因かもしれません。
いつの時代からこの言葉が使われ始めたのかについては諸説あり、はっきりと断定することは難しいとされています。
ただし、学問や仏教の教えが盛んに講じられてきた長い歴史と深く結びつきながら広まってきた言葉だと考えられています。
「再講」と「補講」「再受講」の違い
教育の場では、「再講」のほかにも「補講」や「再受講」という似た言葉がよく使われるため、それぞれの意味の違いを前もって確認しておきましょう。
言葉そのものは似ていても、誰が、どんな目的のために行うのかという点でそれぞれ異なります。
「補講」は、台風や祝日などの事情で休講になってしまった分の講義を、講師側が別の日に追加で行うことを指す言葉です。
休講によって失われてしまった授業回数をきちんと取り戻すことが主な目的であり、休講がなければそもそも行われることはありません。
一方「再受講」は、単位を落としてしまった場合などに、学生側が同じ講義や科目をもう一度自分の意思で履修し直すことを表す言葉です。
成績を立て直すためや、内容の理解をより深めるために、学生自身の判断で選択することが多い行為だといえます。
「再講」はこれらとは異なり、休講があったかどうかに関わらず、講師側が同じ内容をもう一度最初から講じる行為そのものを指す言葉です。
補講のように欠けた授業を埋め合わせるという前提は必要なく、純粋に同じ講義をもう一度繰り返す点に意味の重心があります。
補講は欠けた回数を埋める行為、再受講は学ぶ側の立場から行う行為であるのに対し、再講は話す側が同じ内容を繰り返す点に焦点がある、と整理するとそれぞれ分かりやすいでしょう。
三つの言葉が指す場面の違いをきちんと区別できれば、教育現場の案内文などを読むときにも迷わなくなります。
「再講」が使われる場面・分野
「再講」という言葉は、大学などの教育機関を中心に、宗教や企業研修、講演会などいくつかの分野で見かけることができる言葉です。
扱う分野や場面が違っても、話し手自身が同じ内容をもう一度自分の言葉で語り直すという点は共通しています。
最も代表的なのは、大学や学校といった教育機関において、すでに一度行った講義と同じ内容を、もう一度丁寧に実施するという場面です。
人気の高い講義や、やむを得ない事情で受講できなかった学生が多かった講義を、別のクラスや日程に向けて改めて開くこともあります。
学生からの要望や、単位の取得状況といった教育上の事情により、担当の教員が特定の講義だけをあらためて再び行うことがあります。
特に重要度の高い回や、内容が難しく理解が追いつきにくかった回ほど、学生の理解をしっかりと定着させる目的で再講が検討されやすい傾向にあります。
また、寺院や僧侶が法事や法要といった場で、同じ法話や説教を何度も繰り返し語ることも「再講」と呼ばれています。
教えの核心となる特に大切な話ほど、場所や相手を変えながら、繰り返し語り継がれていく傾向があります。
企業の講演会や社内研修の場でも、評判の良かった講演を、社会人向けにもう一度あらためて依頼するという形で使われることがあります。
都合がつかず一度は聞けなかった社員たちのために、同じ内容をわざわざ別の日程で再度依頼することも、その典型的な一例だといえるでしょう。
「再講」の使い方
「再講」は「再講する」「再講を行う」のように動詞を伴って使うのが基本の形です。
講師や僧侶といった話す側が主語になり、一度おこなった講義や法話をもう一度おこなうことを指します。
たとえば学生からの要望で同じ講義をもう一度開く場合や、法事で一度話した法話を別の機会に話す場合など、聞き手がすでに一度参加していたかどうかが前提になる言葉です。
相手が知らない話を新しくするのではなく、もう一度聞きたいという要望に応える点が普通の講義との違いであり、案内文に「以前と同じ内容です」と一言添えられることも少なくありません。
「再講してもらう」「再講を依頼する」のように、聞き手の側からお願いする気持ちを表す言い方として使われることも多く、話し手だけでなく聞き手を主語にした表現でも柔軟に使えます。
この柔軟さがあるからこそ、授業の掲示文から寺院の案内状まで幅広い文書で見かける言葉になっています。
この場合は「再講をお願いしたい」「再講していただけないか」といった形に言い換えることもでき、依頼の強さや丁寧さに応じて言葉を調整できます。
かしこまった場では後者のような謙虚な言い回しを選ぶと、お願いする側の姿勢がより伝わります。
日常会話で気軽に口にする言葉ではなく、大学の掲示や寺院からのお知らせなど、改まった文書や案内文で使われやすい言葉です。
普段の雑談で使うと硬い印象を与えてしまうので、書き言葉としての性格が強い表現だと考えておくと、話し言葉で伝えるべきか文書で伝えるべきかの判断にも役立つでしょう。
「再講」の例文
- 【例文1】先週の講義をどうしても欠席してしまったので、先生に再講をお願いできないか相談してみました
- 【例文2】受講者から希望する声が多かったため、来月同じ内容で再講を行うことが決まりました
- 【例文3】檀家からの要望を受けて、住職が法話の再講を快く引き受けてくださいました
- 【例文4】好評だった記念講演について、主催者から別の会場での再講を打診されたそうです
- 【例文5】単に「再講」と書くと伝わりにくいため、案内文には「講義の再講」と関連語を添えて掲示しました
例文からもわかるように、「再講」は欠席者や希望者からの要望がきっかけとなって実現することが多い言葉です。
例文1のように頼む側から相談する形もあれば、例文2のように主催する側が決定を発表する形もあり、誰が言い出すかによって文全体の雰囲気や言葉の丁寧さも変わってきます。
講義・法話・講演といった、話の中身がしっかりある場面でこそ使われる言葉で、単なる作業の繰り返しや事務的なやり直しには使いません。
例文3・例文4のように、宗教的な法話や講演といった話を聞かせる場面と結びつきやすく、聞き手に向けて何かを伝える行為そのものが前提になっている点も特徴です。
読み手に誤解を与えたくないときは、例文5のように「講義の再講」と関連語を添えると親切です。
口頭で伝える場合も同じ配慮をすることで、聞き手が内容をすぐに理解でき、聞き間違いによる行き違いも防げます。
「再講」を依頼する際の言い方・マナー
「再講」を頼むときは、「ご再講いただけますでしょうか」のように「ご」と「いただけますでしょうか」を組み合わせた敬語にすると丁寧な印象になります。
「ご再講願えませんでしょうか」のように言い換えても、同じくらい丁寧な響きになり、相手や場面に応じて選べる言い回しの幅が広がります。
目上の相手に向けたお願いの言葉なので、カジュアルな「再講してください」だけで済ませないよう気をつけたいところです。
普段は親しく話す相手でも、改まった依頼の場面では言葉づかいを切り替える意識を持つと、相手にも誠実な気持ちが伝わります。
大学の教授に対しては、相手の都合を気遣う一言を添えたうえで「再講をお願いできますでしょうか」と伝えると、要求がましく聞こえず印象もやわらかくなります。
「お忙しいところ恐縮ですが」のような前置きを一言加えるだけでも、丁寧さが一段増します。
僧侶や講演者に対しては「法話」「ご講演」など具体的な対象を示す言葉を添えてお願いの気持ちを伝えると丁寧です。
相手の立場や専門に合わせて呼び方を選ぶ姿勢そのものが、敬意の表れになり、依頼そのものを受け入れてもらいやすくもなります。
「再講」だけでは何を指すのか伝わりにくいこともあるため、「講義」「法話」など補足する言葉を一緒に使う配慮が欠かせません。
短いメールや口頭でのお願いほど、こうした補足を省略しがちなので注意しましょう。
「再講」を使う際の注意点
「再講」は話し言葉にすると「最高」と同じ発音になるため、口頭だけで伝えると聞き間違えられるおそれがあります。
「さいこうをお願いします」と言われても、相手は褒め言葉と勘違いしてしまうかもしれず、話がうまく進まなくなる原因にもなります。
電話や会話で伝えるときは「講義の再講」のように関連語を添えるか、思い切って文字で伝える方が安心です。
メールや案内文であれば漢字で表示されるため、聞き間違いの心配そのものがなくなります。
教育・宗教・講演など、もともと話を聞く場がある分野で使う言葉なので、それ以外の場面で使うと違和感を与えかねません。
たとえば工事のやり直しや機械の再稼働を「再講」と呼ぶことはなく、話し手と聞き手がいて中身のある話をやり取りする場面に限られていると考えておくと分かりやすいです。
単なる作業のやり直しや会議の再開を「再講」と呼ぶのは不自然で、話し手がいて中身のある講を再び行う場合に限って使うのが適切です。
「再講」という漢字の硬さから、つい何にでも使えそうに感じてしまう点には注意が必要です。
相手が「再講」という言葉に慣れていなさそうなときは、「講義のやり直し」「もう一度お話しいただくこと」のようにやさしく言い換える選択肢も持っておくと安心です。
言葉の正しさよりも伝わりやすさを優先する場面があってもよく、相手との関係を大切にする姿勢こそが本来の目的だといえます。
「再講」のまとめ
- 「再講」は「さいこう」と読み、講義や法話、講演などをもう一度行うことを意味する言葉です。
- 「再」と「講」という漢字が組み合わさり、一度行った講を再び行うという成り立ちを持っています。
- 内容を補う「補講」や学生側が受け直す「再受講」とは異なり、話し手が同じ話を再び行う点に特徴があります。
- 口頭では「最高」と聞き間違えられやすいため、場面や言葉選びに注意が必要な言葉です。
「再講」は、一度行った講義や法話、講演をもう一度行うことを指す言葉だとあらためて確認できました。
「さいこう」という読み方や、「再」と「講」の二つの漢字が組み合わさった成り立ちも含めて、落ち着いて振り返っておくと、言葉への理解がより確かなものになります。
「補講」「再受講」といった似た言葉との違いを意識すると、場面に合った使い分けができるようになります。
誰が同じ話をもう一度するのかに注目すれば、話す側が動く「再講」と、受ける側が動く「再受講」との違いも自然と見えてきて、迷ったときの判断材料になります。
敬語での依頼の仕方や聞き間違いへの配慮まで押さえておけば、「再講」という言葉を安心して使いこなせるはずです。
教育の場でも宗教や講演の場でも、相手の立場を気遣う一言を添える姿勢を忘れずに、この言葉を上手に役立てていきましょう。