「掛軸」とは?読み方と基本的な意味
「掛軸」は「かけじく」と読みます。
床の間や壁に掛けて鑑賞するために、書画を布や紙で表装した美術品のことを掛軸と呼びます。
紙や絹に描かれた絵や文字は傷みやすいため、周囲を裂地という布で装丁し、丸めて保管できるようにしてあります。
「掛物」や「掛け物」という呼び方も、掛軸とほぼ同じ意味で使われる別称です。
特に茶道の世界では「掛物」という表現がよく使われ、日常会話の「掛軸」とは場面によって呼び分けられています。
掛軸は「一幅(いっぷく)」「二幅」のように「幅」という単位で数え、対になった二幅一組は「双幅」、三幅で一組になったものは「三幅対」と呼ばれます。
額に入れて壁に固定する西洋の絵画とは異なり、必要なときだけ広げて飾り、見終われば巻いて仕舞っておけるという可変性も掛軸ならではの特徴だと言えるでしょう。
「掛軸」の由来や語源とは
掛軸のルーツは、仏教とともに中国から伝わり、仏画を礼拝の対象として壁に掛けたことが始まりだと言われています。
「軸」で巻いた書画を壁に「掛けて」鑑賞するという構造そのものが、掛軸という名前の由来になっています。
下部の軸を持って巻き上げれば場所を取らずに収納でき、限られた住空間で美術品を楽しむための知恵でもありました。
室町時代以降は茶道文化の広まりとともに、掛軸は茶室の床の間を飾る中心的な存在へと発展していきました。
日本には飛鳥時代にはすでに仏画が伝来していたとされますが、掛軸という形式が広く定着したのは、鎌倉時代に禅宗とともに水墨画がもたらされて以降だと考えられています。
安土桃山時代に千利休が大成した「わび茶」の思想により、華美な唐物よりも簡素な墨蹟を尊ぶ美意識が確立され、掛軸は精神性を映す道具としての性格を強めていきました。
江戸時代に入ると掛軸は大名や武家だけでなく町人の家庭にも広まり、正月や慶弔の折に掛け替えるという、現在に通じる習慣が庶民の暮らしにも根付いていきました。
「掛軸」を構成する各部分の名称
掛軸には、部分ごとに専門的な名称が付けられています。
絵や文字が描かれている中心部分は「本紙」と呼ばれ、掛軸の価値を左右する最も重要な部分です。
本紙の周囲を飾る布地は「裂地(きれじ)」と呼ばれ、本紙を仕立てる作業全体は「表具」や「表装」と言います。
上部で左右に垂れる二本の細い布は「風帯(ふうたい)」、下端の軸の両端に付く飾りは「軸先(じくさき)」と呼ばれています。
最上部で紐を通す横木は「八双(はっそう)」と呼ばれ、壁に掛けるための要となる部品です。
本紙のすぐ外側を囲む、最も格の高い裂地を用いた細い縁は「一文字(いちもんじ)」と呼ばれ、本紙と周囲の裂地との境目を引き締める役割を担っています。
こうした裂地の組み合わせや仕立てを一手に担うのが「表具師」と呼ばれる専門の職人で、本紙の格や飾る部屋の雰囲気に合わせて最適な表装を提案してくれます。
掛軸の大きさは「尺」という単位で表されることが多く、一般的な床の間には幅一尺五寸(約45cm)前後のものがよく用いられています。
「掛軸」の主な種類にはどんなものがある?
掛軸は描かれている内容によって、いくつかの種類に分けられます。
山や川を描いた「山水画」、花や鳥を描いた「花鳥画」など、絵画としての掛軸は特に人気の高いジャンルです。
禅語や漢詩を書いた「書」の掛軸は書斎や茶室に落ち着いた雰囲気を与え、仏や菩薩を描いた「仏画」は法事の際に仏壇の脇へ掛けて礼拝するために使われます。
同じ山水画や花鳥画でも、松竹梅や桜、紅葉など、季節や行事に合わせて画題を使い分けるのが掛軸の楽しみ方です。
三幅でひとつの情景を構成する「三幅対」や、対になる図柄を左右に掛ける「双幅」のように、複数の掛軸を組み合わせて飾る形式もあり、より格式のある空間を演出できます。
このほかにも七福神や龍虎といった縁起物を描いた「吉祥画」や、故人や高僧の姿を描いた「頂相(ちんそう)」など、目的に応じたさまざまな画題が存在します。
近年では抽象画やモダンアートを表装した掛軸も登場しており、伝統的な画題にこだわらず現代の住空間に合わせた新しい楽しみ方も広がっています。
「掛軸」と「床の間」の関わりとは
床の間は、もともと掛軸を飾るために作られた特別な空間です。
床の間の壁に掛軸を掛け、その下に花や香炉を添えるのが、和室における最も基本的な設えとされています。
床の間にどんな掛軸が掛けられているかで部屋の格式やもてなす側の心づかいが表れ、季節に合った画題を選べば四季の移ろいも伝わります。
床の間が少ない現代の住宅では、壁掛け用のフックや専用スタンドを使って、洋室でも掛軸を楽しむ工夫が広がっています。
床の間には掛軸のほかに、花を生ける花入や香炉、燭台を合わせて飾るのが古くからの様式で、これら三つを揃えて飾ることを「三具足(みつぐそく)」と呼びます。
掛軸の画題と花入に生ける花材の季節感を揃えることは「取り合わせ」と呼ばれ、床の間全体でひとつの情景を作り上げる、もてなしの美意識とされています。
「掛軸」を掛け替える時期や季節の慣習
掛軸は一年中同じものを掛け続けず、時期に合わせて掛け替えるのが伝統的な慣習です。
正月には日の出や松竹梅を描いた掛軸を、五節句には行事にちなんだ掛軸を選ぶのが基本とされています。
茶会では亭主が趣旨や季節にふさわしい一幅を選び抜くことがもてなしの第一歩とされ、禅語の掛物が好まれるのも客と心を通わせるためと言われています。
慶事には鶴亀や松などのめでたい画題を、弔事には花や仏画など落ち着いた画題を選ぶ使い分けも大切にされています。
三月の桃の節句には雛人形にちなんだ画題を、五月の端午の節句には鯉のぼりや武者絵の掛軸を選ぶなど、五節句それぞれに合わせた画題の楽しみ方もあります。
七夕や重陽の節句、十五夜の月見といった季節の行事のほか、新年最初の茶会である「初釜」では、一年の始まりにふさわしい格調高い掛物が選ばれます。
「掛軸」を選ぶときのポイント
掛軸を選ぶときは、まず飾る場所である床の間や壁面の寸法をきちんと測ることから始めましょう。
床の間の幅や高さに対して掛軸が大きすぎても小さすぎても、空間全体の調和が崩れて間延びした印象になってしまいます。
掛軸選びでまず大切なのは、飾る空間の寸法にきちんと合ったサイズを選ぶことです。
床の間のない洋室に飾る場合も、壁の広さや天井の高さ、周囲の家具とのバランスを目安にすれば違和感なくなじみます。
次に意識したいのは、誰のために、どんな目的で選ぶのかという視点です。
長寿や繁栄、無病息災への願いを込めて贈るのであれば、松竹梅や鶴亀、富士山といった縁起の良い画題が古くから好まれています。
一方、自宅で日々眺めて楽しむために選ぶのであれば、四季の花鳥や山水画、心に響く禅語の書など、堅苦しく考えずに部屋の雰囲気や自分の好みを優先して選んでも良いでしょう。
和室だけでなく、最近は洋室に映えるシンプルな図柄を選ぶ人も増えています。
価格は、筆を執った作家の知名度や表具に使われる裂地の質によって大きく変わってきます。
同じような図柄であっても、無名の作家と著名な作家、あるいは印刷による複製か手描きの肉筆画かによって値段に何倍もの差が出ることが珍しくないため、まずは予算の上限を決めたうえで、表具店のスタッフに相談しながら選ぶと失敗が少なくて済みます。
「掛軸」の正しい掛け方・扱い方
掛軸を広げるときは、まず床の間の掛金がしっかりと固定されているかを確かめ、巻かれた状態のまま両手で軸先を持って掛緒をかけます。
そのあと、本紙に無理な力がかからないよう、上から少しずつゆっくりと垂らすように広げていくのが基本の手順です。
勢いよく一気に広げると本紙に折れやしわ、時には亀裂といった負担がかかるため、必ずゆっくりと丁寧に広げることが大切です。
広げ終えたら、掛軸が壁に対してまっすぐ垂れているかも確認しましょう。
持ち運ぶときや片付けるときは、軸先を強く握ったり掛緒を無理に引っ張ったりしないよう注意しましょう。
軸先は漆や象牙、木地などの繊細な素材でできていることが多いので、素手で触れる前には手を洗い、指先の皮脂や汗による汚れを防いでおくと安心です。
飾る場所を選ぶ際は、直射日光の当たる窓際やエアコン、暖房の風が直接当たる場所を避けることも欠かせません。
紫外線は本紙の変色や退色を早めてしまう、掛軸にとっての大敵と言われています。
また湿気の多い場所ではカビが発生しやすくなるので、風通しの良い床の間を選んで掛けましょう。
ほこりが気になるときは本紙に直接触れないよう、柔らかい毛ばたきなどで優しく払う程度にとどめます。
「掛軸」の保管方法とお手入れ
掛軸をしまうときは、まず柔らかい和紙や畳紙で包んでから、桐箱に収めて保管するのが昔からの習わしです。
桐は湿気を吸ったり吐いたりする調湿性に優れているうえに虫も付きにくく、掛軸の大きさに合った箱であれば中で擦れて傷むのも防げます。
桐箱に収めることで、湿度の変化や虫害、ほこりや光から掛軸を長く守ることができます。
桐箱にはできれば掛軸の名前や購入時期を記しておくと、後で管理しやすくなります。
保管中も箱に入れっぱなしにせず、定期的に「虫干し」と呼ばれる陰干しを行う習慣が大切にされてきました。
梅雨が明けた頃や秋のよく晴れた乾燥した日を選んで直射日光の当たらない風通しの良い場所で広げ、そのついでにカビやシミが出ていないかも確認しておくと安心です。
こうして箱の中にこもった湿気を定期的に逃すことで、カビや虫の発生はもちろん、変色やシミの発生も防げると言われています。
陰干しの間は、桐箱のふたも一緒に風に当てておくとより効果的です。
保管場所は、温度と湿度の変化が少ない押し入れの上段などを選ぶとよいでしょう。
畳や床に直接置かず、すのこなどで底上げして外壁に接する場所を避け、必要であれば除湿剤を箱のそばに置いておくとより安心です。
「掛軸」を鑑賞するときの作法
掛軸は飾って終わりではなく、正しい距離感やマナーを持って鑑賞することも大切にされてきました。
茶会では、亭主が掛けた掛軸を客が正座のまま少し体を寄せて眺める「拝見」という作法があり、本紙や表具にはむやみに手を触れないのが基本のマナーです。
掛軸を鑑賞する際は、本紙に直接指で触れず、少し離れた位置から全体を眺めるのが基本的なマナーとされています。
落款や印章が押されている場合は、そこに視線を向けて作者や由来に思いを馳せるのも、掛軸ならではの鑑賞の楽しみ方のひとつです。
拝見のあとには一言その趣向を称える言葉をかけるのが茶席での心得とされ、掛軸を通じて亭主と客が言葉を交わす一幕も大切にされています。
美術館や骨董店で掛軸を見る際も同様に、ガラス越しであっても指をさして触れるような仕草は控え、静かな距離感を保って鑑賞するのが望ましいとされています。
「掛軸」を使った例文集
- 【例文1】正月を迎えるにあたり、床の間の掛軸を松竹梅の図柄に掛け替えた
- 【例文2】祖父の書斎には、達筆な禅語を書いた掛軸がひっそりと掛けられている
- 【例文3】父の還暦祝いに、鶴と亀が描かれた掛軸を贈ることにした
- 【例文4】骨董市で一目惚れした山水画の掛軸を、思い切って購入した
- 【例文5】掛軸の起源は中国の仏画にあると言われており、日本では茶の湯とともに独自の発展を遂げた
- 【例文6】一口に掛軸といっても、仏画や水墨画、書など種類は実にさまざまだ
「掛軸」は、床の間に飾る場面はもちろん、贈り物や購入のシーンでもよく使われる言葉です。
例文のように、誰が・いつ・どんな場面で掛けたり贈ったりしたのかを添えると、情景が伝わりやすくなります。
季節の行事や祝い事に合わせて掛け替える様子を表すときに、特によく登場する表現です。
正月や慶事の場面では、画題そのものが縁起物として意味を持つ点も文章に表れやすい特徴です。
由来や種類について語るときは「〜と言われています」のように伝聞の形を添えると、断定を避けた自然な文章になります。
骨董や美術の話題では、こうした柔らかい言い回しが特によく使われます。
「掛軸」のまとめ
- 掛軸は「かけじく」と読み、床の間や壁に掛けて鑑賞する巻物状の書画のことです。
- 中国の仏画から伝わり、茶の湯の広まりとともに日本独自の様式として発展したと言われています。
- 掛軸は季節や行事に合わせて掛け替えることで、その時々の心を表す日本文化の象徴的な存在です。
- 現代では床の間がない住まいでも、壁に掛けてインテリアとして気軽に楽しむ人が増えています。
ここまで見てきたように、「掛軸」は「かけじく」と読み、書画を巻いて保管し、床の間などに掛けて鑑賞する日本独自の美術品です。
その由来は中国の仏画にあり、茶の湯とともに独自の発展を遂げてきたと言われています。
単なる装飾品ではなく、季節や行事の節目に掛け替えることで暮らしに彩りを添えてきた、日本文化を象徴する存在だと言えるでしょう。
茶室や床の間という特別な空間とともに育まれてきた点も、掛軸ならではの魅力です。
床の間のある家が少なくなった今でも、サイズや画題の選び方次第で洋室にも気軽に取り入れることができます。
ぜひ自分らしい一幅を見つけて、掛軸のある暮らしを楽しんでみてください。