「掛物」とは?意味をわかりやすく解説
「掛物」とは、壁や床の間に掛けて鑑賞するために表装された書画類を指す言葉です。
和室の設えや、茶道・書画骨董の世界を語るときによく登場する呼び名です。
この言葉のいちばんの特徴は、対象とする作品の種類にあります。
文字だけを書いた作品も、絵だけを描いた作品も、掛けて鑑賞できる形に仕立てられていれば、まとめて「掛物」と呼ばれます。
書道家が一行だけ大きく書いた「一行書」や、禅僧が悟りの境地を示した「墨蹟」も掛物の一種ですし、画家が描いた山水画や花鳥画を軸装したものも、同じく掛物の仲間に含まれます。
こうした具体例を思い浮かべると、「掛物」という言葉が指すものの幅広さがイメージしやすくなります。
このように「掛物」は特定のジャンルを指す作品名ではなく、書画を掛けて楽しむという用い方に注目してつけられた総称だと理解しておくとよいでしょう。
掛物は一幅(いっぷく)、二幅(にふく)と独特の単位で数えられ、普段は丸めて桐箱にしまっておくのが一般的な扱い方です。
美術館の所蔵品目録や骨董店の商品リストにも「掛物」という表記がしばしば登場し、書と画をまとめて分類できる便利な言葉として今も使われています。
ただし日常の雑談で耳にする機会は少なく、ある程度専門的な文脈で使われる、フォーマルで少し古風な響きの言葉だと捉えておくと安心です。
「掛物」の読み方は「かけもの」で合っている?
「掛物」の読み方は「かけもの」で正解です。
送り仮名を補って「掛け物」と書かれることもありますが、読みはどちらも変わらず「かけもの」です。
「かけぶつ」と読んでしまう方も見かけますが、これは辞書には載っていない誤読なので気をつけましょう。
この読み間違いは、漢字の読み方クイズなどでもしばしば取り上げられるほど、よくある勘違いのひとつです。
「物」という漢字には、「動物」や「物質」のように「ぶつ」と読む音読みもあるため、つい引っ張られてしまうのだと考えられます。
骨董や美術、茶道具といった、日常であまり馴染みのない少しかしこまった話題で登場する言葉であることも、音読みで読みたくなる気持ちに拍車をかけているようです。
初めてこの漢字を目にする方は一瞬迷うことも多いため、茶会の案内状や展示解説文では、念のため「かけもの」とふりがなが添えられることも少なくありません。
しかし「掛物」は、訓読みの動詞「掛ける」の連用形「掛け」に、訓読みの名詞「物(もの)」を組み合わせてできた、日本語らしい成り立ちの言葉です。
「着物」や「建物」、「贈り物」、「忘れ物」なども同じ成り立ちの言葉なので、これらの身近な例と並べて考えると「かけもの」という読みが自然に腑に落ちるはずです。
読み方は一つしかないので、一度覚えてしまえば茶道具の解説でも美術品の目録でも迷うことはありません。
「掛物」と「掛け軸」は何が違うのか
「掛物」と「掛け軸」は、実際にはほぼ同じものを指しながら、少し違う角度から名付けられた言葉です。
日常生活で混同してもまず問題にはなりませんが、由来を知っておくと言葉の解像度が上がります。
「掛け軸」は、書画の周囲に裂地を貼り、上下に軸木を付けて巻けるように仕立てた「表装の形式」に注目した呼び方です。
この意味で「掛け軸」は、あくまで表装された「完成品としての姿」を言い表す言葉だといえます。
つまり「掛け軸」という言葉には、くるくると巻いて桐箱に収められる、あの独特のスタイルそのものを指すニュアンスが強く込められています。
同じ書画作品でも、屏風に仕立てれば「屏風」、額に入れれば「額装」と呼ばれ、軸に仕立てて初めて「掛け軸」と呼ばれるようになるのです。
一方「掛物」は、掛けて鑑賞するために仕立てられた書画そのものを指す、やや広い言葉です。
特に茶道の世界では、茶室の道具立てを語る正式な言葉として、今も「掛物」という呼び方が好んで使われ、茶会記にもこの表記が用いられます。
現代の日常会話では「掛け軸」という呼び方のほうがすっかり主流になっており、実家の床の間にあるものを「掛物」と呼ぶ人は少なくなりました。
とはいえ茶席や美術展の解説文では今も「掛物」が生きた言葉として使われ続けています。
「掛物」の由来・語源をたどる
「掛物」という言葉自体は、「掛ける」という動詞と「物」という名詞を組み合わせただけの、とても素直な成り立ちをしています。
壁や床の間に「掛けておく物」だから「掛物」と呼ばれるようになった、というシンプルな語源です。
書画を掛けて鑑賞するという文化そのものは、もともと中国から伝わったものだと言われています。
中国大陸では古くから、山水画や書を軸物に仕立てて壁に掛けて鑑賞する文化が発展しており、渡来した書画は「唐物(からもの)」と呼ばれて大変貴重なものとして扱われていたそうです。
こうした文化が禅僧の往来などを通じて日本に伝えられ、独自の発展を遂げていったと考えられています。
日本で「掛物」という言葉と習慣が特に大きく花開いたのは、茶道が確立していく過程でのことです。
床の間に一幅の掛物を掛けて客を迎えるという作法が整えられ、掛物は茶室になくてはならない存在になっていきました。
特に禅僧が揮毫した「墨蹟」は、茶の湯における掛物の理想像として、格別に尊ばれるようになっていったそうです。
室町時代から安土桃山時代にかけて茶の湯が大成する中で、「掛物」という言葉も併せて広く定着していったと言われています。
現在私たちが使っている「掛物」という言葉の背景には、こうした長い異文化交流の歴史が横たわっているのです。
「掛物」にはどんな種類があるのか
「掛物」とひとくちに言っても、中身に何が表現されているかによって、呼び名はいくつかの種類に細かく分けることができます。
ここでは、代表的な三つの呼び名とその特徴を紹介します。
文字だけで構成された作品を表装した掛物は「書軸(しょじく)」と呼ばれます。
禅の教えを凝縮した禅語を記した一行書や、漢詩、和歌などを大きく書いた作品が、書軸の代表的な形として親しまれています。
絵画作品を表装した掛物は「画軸(がじく)」と呼ばれ、山水画や花鳥画、人物画など、題材の幅はとても広いのが特徴です。
中国の故事や日本の物語の一場面を描いた作品なども画軸に含まれ、題材によって見る人の好みが大きく分かれるジャンルでもあります。
書と絵の両方が一幅の中に同居する作品もあり、こうした場合は「書画軸」というまた別の呼び名で呼び分けられることもあります。
描かれた絵の余白に、賛(さん)と呼ばれる詩文や賛辞を書き添えた作品などが、その代表例として挙げられます。
茶席で使うことを目的として選ばれた掛物は、特に「茶掛け(ちゃがけ)」と呼ばれ、書軸・画軸とはまた一味違う、独自の価値基準を持っています。
なかでも歴代の茶人ゆかりの禅僧が書き残した墨蹟は、茶掛けの中でも最も格が高いものとして、今なお特別に尊ばれ続けています。
「掛物」が使われる場面とその役割
「掛物」がもっとも活躍する舞台といえば、何と言っても和室の床の間でしょう。
床の間に一幅の掛物を掛けるだけで、それまで殺風景だった壁面が引き締まり、部屋全体に季節感や趣がふっと生まれます。
玄関先に小さめの掛物を掛けて、訪れる客をさりげなく出迎える家庭も少なくありません。
こうした小さな心遣いからも、掛物が本来持っている「もてなしの道具」としての性格がうかがえます。
掛物は、茶室においては単なる飾りではなく、その日の茶会の主題を語る主役級の道具として扱われます。
茶道具には数多くの種類がありますが、なかでも掛物は流派を問わず「もっとも重んじられる道具」と表現されることも少なくありません。
茶碗や茶杓のように客が直接手に取ることはなくても、床の間の中でひときわ強い存在感を放ち、その場に集う人々の空気全体を静かに支配するほどです。
「一期一会」という言葉が示すように、その日その場のためだけに選ばれた一幅が、茶会全体の雰囲気を作り上げていくのです。
亭主は客をもてなす気持ちを、言葉ではなく一幅の掛物に込めることで、静かながらも雄弁なメッセージを伝えます。
掛物を選び、掛けるというささやかな行為そのものが、言葉に頼らない日本の「おもてなし」の心を象徴していると言えるでしょう。
「掛物」を掛ける際のマナーと作法
掛物は、床の間の広さに合わせて高さを調整するのが基本です。
座って眺める茶席の場合は、正座をしたときに絵や文字の中心が目線とほぼ同じ高さにくるよう掛けます。
低すぎても高すぎても掛物の魅力は半減してしまうため、目線の高さを意識することが何より大切です。
床の間がない洋室で飾る場合も、目線の高さを基準に掛ける位置を決めるとよいでしょう。
床の間に花入れなどを一緒に飾る場合は、全体のバランスを見ながら位置を微調整します。
床の間に座布団や物を立てかけて、掛物の邪魔をしないことも基本的な心配りです。
扱う際にまず避けたいのが、本紙(絵や文字が書かれた部分)に素手で直接触れることです。
手の脂や汗が紙や絹にしみ込むと、シミや変色の原因になってしまいます。
扱う前に白い手袋をはめておくと、より安心して作業を進められます。
軸先(じくさき)と呼ばれる棒の部分を持つようにすると、本紙に触れずに済みます。
巻いたり広げたりするときも、勢いよく引っ張らず両手でゆっくり行うのが鉄則です。
掛けっぱなしにするのも避けたい行為で、長期間掛け続けると日光や湿気で色あせが進んでしまいます。
保管の基本は、桐箱に入れて風通しのよい場所に置くことです。
年に一度、天気のよい日に箱から出して陰干しする「虫干し」は、掛物を長く楽しむための昔ながらの知恵です。
箱の中に和紙(たとう紙)を一枚添えておくと、湿気やほこりから掛物をよりしっかり守ってくれます。
エアコンの風や暖房の熱が直接当たる場所も、変色や乾燥のしすぎにつながるため避けましょう。
紐を結ぶ際は、きつく締めすぎず「一文字結び」など決まった結び方を覚えておくと安心です。
季節や行事に合わせた「掛物」の選び方
掛物選びで大切にされてきたのが、季節の花鳥風月を描いた絵柄を選ぶという習慣です。
春なら桜や梅、夏なら朝顔や滝、秋なら紅葉や月、冬なら雪景色や松といった具合です。
季節を少し先取りした絵柄を選ぶのが、掛物選びにおける粋なふるまいとされています。
秋には中秋の名月にちなんで、月やすすきを描いた掛物を選ぶ家庭もあります。
真夏に涼しげな滝の絵を掛けるなど、見る人に季節感を届ける工夫が凝らされてきました。
正月や慶事の席では、おめでたい意味を持つ絵柄が好まれます。
松竹梅や鶴亀、日の出といった縁起のよい画題は、その代表例です。
「寿」や「福」といった一文字を大きく書いた掛物も、祝いの席によく用いられます。
端午の節句には鯉や武者の絵、七夕には笹を描いた掛物を選ぶ家庭もあります。
ひな祭りの時期には、雛人形にちなんだ掛物を合わせる家庭も見られます。
重陽の節句には、菊を描いた掛物で季節の節目を祝う家庭もあります。
茶会のテーマに合わせた掛け替え
茶道の世界では、掛物は茶会全体のテーマを象徴する存在として扱われます。
茶会では絵よりも禅語などを書いた墨蹟が、もっとも格の高い掛物として重んじられています。
新年最初の茶会である初釜では、その年にふさわしい特別な言葉を選ぶことも少なくありません。
このように掛物を替えることを「掛け替え」と呼び、亭主の心づかいを伝える大切な作法とされています。
普段使いとしては、春夏用と秋冬用の二幅を用意して掛け替えるだけでも、十分に季節感を楽しめます。
掛物選びのセンスは、亭主のおもてなしの力量を示す指標のひとつともいわれています。
「掛物」を使った例文で使い方を確認
- 【例文1】床の間の掛物を、そろそろ秋らしい絵柄に掛け替えようと思う
- 【例文2】祖父の家の床の間には、季節ごとに掛け替えられてきた立派な掛物が飾られている
- 【例文3】にじり口をくぐって茶室に入ると、亭主が選んだ掛物がまず客を静かに迎えてくれる
- 【例文4】茶会における掛物は、その日のもてなしの心を映す最も格の高い道具のひとつとされる
- 【例文5】床には一幅の掛物が静かに掛けられ、部屋全体に落ち着いた趣を添えていた
- 【例文6】旅先の宿の床の間にも、季節を感じさせる控えめな掛物がひとつ掛けられていた
例文1・2のように、日常の会話では床の間に飾る絵や書全般を指す、比較的くだけた意味で使われるのが一般的です。
掛け軸と言い換えてもほぼ違和感はありません。
例文3・4は、茶室や茶会の解説でよく見られる、少しあらたまった使い方です。
茶道の世界では、掛物は単なる飾りではなく、亭主のもてなしの心を象徴する道具として語られます。
例文5・6のように、古典的・文学的な文章では「一幅(いっぷく)」という数え方とともに、静かで奥ゆかしい空間を描写する言葉としても登場します。
掛物という言葉自体に、どこか物語の一場面を思わせるような、静かな趣が漂っています。
「掛物」にまつわる言い回しや類語
「掛物」は「掛ける」という動詞と組み合わせて使われることがほとんどです。
「掛物を掛ける」「掛物を掛け替える」という言い回しは、床の間を整える場面で自然に使われます。
逆に取り外すときは、「掛物を下げる」または「仕舞う」と表現するのが一般的です。
床の間がある家では、来客の前に掛物を掛けておく一手間が、もてなしの基本とされてきました。
掛物ひとつで部屋全体の印象が引き締まる、とよく言われます。
「掛物を選ぶ」という表現には、単なる準備作業ではなく亭主の心づかいを示す行為だという含みがあります。
類語としてまず挙げられるのが「掛け軸」で、現代の日常会話ではこちらの方がよく使われます。
「掛物」はやや古風で改まった響きを持ち、茶道や和風建築の文脈で好んで使われる言葉です。
「掛け軸」が主に品物そのものを指すのに対し、「掛物」にはそれを飾るという行為や場面までも含んだニュアンスがあります。
もうひとつの類語「軸物(じくもの)」は、書画の分野で掛け軸形式の作品全般を指す、やや専門的な言い方です。
骨董の目録などでは、作者名とセットで「軸物」と表記されることもあります。
「表具」「表装」との関係
「表具」や「表装」は、書や絵を掛物や屏風などに仕立てる技術そのものを指す言葉です。
掛物は、表具・表装という職人技によって初めて完成する、いわば仕上がりの姿だといえます。
「表具」と「表装」はほぼ同じ意味で使われることが多く、呼び方が分かれる程度の違いです。
この仕立てを専門に行う職人は「表具師」と呼ばれ、現代でも掛物の修理や新調を手がけています。
「掛物」についてのまとめ
- 「掛物」は「かけもの」と読み、床の間などに掛けて鑑賞する書画を指す言葉です。
- 「掛け軸」とほぼ同じ意味で使われますが、掛物のほうがやや格式や趣を感じさせる言葉です。
- 山水画や花鳥画、禅語を書いた墨蹟など、内容や用途によって多くの種類があります。
- 茶道の席や年中行事など、季節や場面に応じて掛け替えるのが伝統的な楽しみ方です。
「掛物」は、床の間に掛けて静かに楽しむ書画全般を指す、「かけもの」と読む昔ながらの言葉です。
単なる装飾品ではなく、季節の移ろいや行事、もてなしの心までも映し出す存在として、長い年月をかけて日本人の暮らしに静かに根づいてきました。
由来をたどれば仏教における礼拝の形式に行き着くと言われ、時代を経るにつれて山水画や花鳥画、禅の教えを書いた墨蹟など、内容も形式も実に多彩な種類へと枝分かれしながら受け継がれてきました。
茶道の席や正月をはじめとする年中行事はもちろん、普段の何気ない住まいの中でも、季節や来客への心づかいをそっと伝える身近な存在として親しまれてきました。
マンションが増えて床の間そのものが少なくなった現代の住まいでも、一幅の掛物をさりげなく飾るだけで、空間に和の趣を手軽に添えることができます。
忙しく過ぎていく日常の中だからこそ、掛物を通して季節の移ろいや自分の心を静かに整える時間は、これからも大切に受け継いでいきたい文化だといえるでしょう。